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ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

休暇中に読みました。

この本は、言語学者でありプロテスタントの宣教師であった著者が布教の為にアマゾン奥深くに住む少数民族ピダハンの言葉を学ぶために彼らの村に暮らした記録と、著者が彼らの言語や文化を学ぶことで著者自身の人生が変わってしまう物語です。

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハンの言葉は

  • おはよう、さようなら、ありがとう、すみませんなどの「交換的言語使用」がない
  • 数をあらわす単語が無い(1,2 もない)
  • 色の名前や右左を表す単語がない
  • いかなる言語とも似てない
  • 村にはピダハン語以外を話せる人はいない(片言は話せるが)

そして、ピダハンの生活・文化には

  • 主に川で魚を取ってくらしている、一年を通じ魚は良く捕れる
  • 食物を保存する習慣はない
  • 集団で暮らしているが、王や村長はいない
  • 神話がない
  • 宗教、宗教的儀式がない
  • 夜にじっくりと寝ることはない、15分から1時間程度の仮眠を幾度となく取る(アマゾンの奥地では絶えず野生の脅威があるので熟睡するのは危険らしい)
  • 子供は歩けるくらいになれば一人前の人間として扱う、けして子供だからと言って特別扱いしない
  • 死を恐れていない
  • 自分の見た物、仲間の見たもの以外には興味がない
  • よく笑う

ピダハンはアマゾン奥深くに住んでいますが未開の人ではありません。船の通れるような川沿い住んでいるのでブラジル人の商人が訪れ取引もしますし、近くの部族が西洋化しているのは知っています。彼らは西洋の文明は知っていながらも、自分たちの生き方の方が素晴らしいと信じ生活を変えません。

著者は、連続ではありませんが30年近くピダハンと暮らしました。ピダハン語を理解し、ほかの学者と共同で彼らに数字を教えようと半年間も努力しましたが、彼らは数字に価値を見いださず結局失敗しました。
また、彼らにキリスト教を教えようとしましたが、自分または仲間の見た物以外は信じない彼らには、「おまえはイエスに会ったことがあるのか? 会った事のない物の言う事など興味がない」と言われ上手くいきませんでした。
著者は最終的にはピダハン的な世界を選び、キリスト教を捨ててしまいました。



ピダハンには、東洋人の私たちでも驚く言語・文化をもっています。あいさつや神話はどの民族もが持っているものだと思っていましたが・・・

そして西洋文明を知っていながら、それを取り入れようとはせず、自分たちの世界で幸せに生きています。彼らには宗教や神話のような抽象的なものは必要ないのです、現実だけの世界で生きているのです。
ジャングルの中で暮らしているので絶えず身の危険にはさらされていますが、たぶん私たちが持つ抽象的な不安も無いのではないかと思います。